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この問題は子供の食生活、高齢化を迎えた人にも大切なこと!

今年の異常気象は半端ではなかった。 地球の健康問題も問われている。それは人間が作り出した快適な生活を求めていった結果だろうか。 自然と共存する生活はもうできないのか。 私が子供のころ、けしって豊かではなかった生活だが・・・。そこには子供には子供の生活があり、子供の世界には大きな夢があった。 依然読んだ本に「サトウサンペイ」さんの「食べ物さんありがとう」という本があった。 こんな内容だ。 食の話だ。 生まれた赤ん坊は当たり前に母親のおっぱいで育ち、ハイハイ、よちよち動けるようになると小さな虫が捕まえられる。 それが食事のもとになる考え方だ。 5歳くらいになると、河出の魚とりはまだ岸辺での小さい魚を掬い取り、それが食事の考え方でいい。食べるときの
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これからが栄養、食事,体質改善の話になります。

本当に感謝です。何も知らない我が家に、サプリをきっかけにしっかりした勉強をするチャンスを与えてくれたこと。


でも、その廣田さんもなんだかわからずに、ご自分が使ってよかったということで教えてくれたのです。

でももう、半年間使い続け自ら良さが分かっていたそうです。


顔見知りで、いつもその人柄が分かっていることだけで、信頼すること。人間関係の良さですね。


そこで少しずつ食生活の、いや食べることの大切さ、植物の持つ力、そして体内の完璧な工場でその処理が行われていること。どんな化学を用いても血液1滴たりともできないということ。


古来からの先人の知恵は素晴らしく理にかなっている。とっても面白くなってきました。


小学校5年生で習った5大栄養素。その時は本当の意味で理解はできていませんでした。


今は、「5大栄養素のバランス」が大切の事。そして7大、8大ともいわれる栄養素が変わってきたということ。

 昭和30年代の時の5大栄養素

「たんぱく質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラル」。そのバランスで毎日の食事をとっていくこと。


時代が変わった今はとっても難しいこともわかりました。


環境が変わり、食物の持っている栄養素が変わり、豊かな時代のはずが栄養が足りていない人が多いということも。

今思うと我が家は、食のバランスも、摂取量も足りていないことが分かりました。



免疫力、体力、気力、生活習慣

母は、いつも前向き。若い私はただできることをやりました。


その時は家族の事、主婦という仕事に一生懸命でした。それに子育てと。


いろいろ知っていくと病気になるのは「ある日突然なんてことはない」ことが分かりました。

そのころ「生活習慣病」という言葉がはやっていて、その人の以前からの、子供のころからの生活習慣が引き金になって病気が発症することが、多かれ少なかれあるということを知りました。そこに性格ありきです。


私たちの身体は毎日の食事から作り替わっている。「食は命なり」今の自分の身体は一年前の自分の身体ではないとも言われます。


病気になるまでには、まず、

 

 見た目・・顔色、肌の弾力、つや、疲れやすい、目の輝き、

      (疲れという字・・病ダレに皮・皮膚の事)

      そのまま見過ごすと・・


 〇〇症・・例えば、肩こり症、便秘症、アレルギー症、不眠症、冷え性など

      これを普通「体質」と処理してしまいませんか?ここまでが生活習慣など影響あり

 

 痛み・・・「体質」だった症状が、次にいろいろなところの「痛み」として出てくるわけです

      とうとう薬やお医者さんのお世話になる始まりです


 〇〇病・・お医者さんより病名を頂いたら、病気とのお付き合いになるはずです

       

 私は自然治癒力、今までの生活習慣を見直し、免疫力をあげて自分で食事の大切さを知り生活するの   が一番だと思っています。


母もそうでした。


母の顔色の悪さを見てサプリを進めてくれたのが、廣田さんでした。

それだけだったら「効いた」「効かない」で終わっていたかもしれません。


私が興味を覚えたのが、今の野菜は「昔、子供のころの野菜の栄養ではない」という言葉でした。


「勉強してみよう!!」「知りたい!!」そんな考えが芽生えました。


母は、漢方薬と「皮下注射」で胸の痛みは軽くなり、その副作用で「ムーンフェイス」のむくんだ体になりました。1年間通院した結果です。当時からすれば症状は軽くなってきていました。


   




ある日突然?!膠原病!!

私が食事の大切さを気にしだしたのが33歳の時でした。


それまで食事は何の疑問もなく3回の家族の食事は好きなものをと、あまり料理が好きでないのを理由に食材を考えず、家族の喜ぶものを当たり前に作っていました。


母(姑)はいつも体調がすぐれず、父(舅)とそれでも毎日小さな店を切り盛りしていました。


今思えばある日突然です。


その母の手のひらと、足の裏に小さな膿を持った湿疹が一面に出てきました。また胸の部分に痛みがあり腫れていました。


2月の事です。

2人の子供は3歳と5歳。私もそれとなく忙しい時期の事でした。


まず皮膚科へ。処方は・・・


「その湿疹を消毒した針で膿を出し、いただいた薬を塗る。」


当然一向に良くなりません。胸の痛みのためにマッサージの先生に来ていた時の事、「これは内臓からきている痛みであり、たぶん湿疹もその影響」とのこと。


マッサージの先生の紹介で、その場で漢方医を紹介され連れって行ってくださいました。

診断結果は「膠原病の一種の強皮症」。初めて聞く病名でした。


1955年3月の初めの事です。

それからが週一回の漢方医の通院と母の闘病生活が始まります。


そのころ私は相変わらず食べ物の大切さも知らず、店の手伝いと家族の食事の支度の毎日でした。


考えてみると昼は、簡単なカップラーメンの食事が多かったような気がします。

母の顔の色は悪く、体力もなく風邪をひくとなかなか回復に向かわずいつまでもとこに伏せていました。


そんな我が家に、春まだ浅い3月に一筋の日差しが差し始めました。

あれから40数年の歳月がたっていますが、店のお客さんだった廣田さんは家族以上の大切な友人となっています。

そのころ、栄養のバランス、食生活の大切さ、自然から遠ざかっている毎日の生活。

人は正しい知識がいかに大切か。今の友人達を見ると80歳を過ぎても元気で若々しい人たちが、活き活き毎日を送っている。


その人たちが持っているパワーはすごいです!!






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